結局なんでそうなったのかっていうと、諦めなかったからだっていうのでしかないですね。

やめなかったからだとしか言えなくて…

創業者であり現代表の上田曰く、起業後2年間は特に苦しい時代が続いたといいます。7000万円の借金を抱え、会社はばらばらになり、さらに人にも騙され人間不信に陥ってしまった上田。

しかしながら、そこで偶然インターネットという手段に出会い、180度状況が変わっていったんだとか。

佐藤:なんでなんでしょうね。後でその意味を考えるのも難しいですけども。まあ《頑張っていたからその時がきた》っていうことなんですかね。

上田:あんまりこう、かっこいいことなんて言えないですね。自分で考えて、結局なんでそうなったのかっていうと、諦めなかったからだっていうのでしかないですね。やめなかったからだとしか言えなくて。

上田:何の狙いもなかったですし、たまたま紹介されていったみたいな感じなので、ネットで売ろうなんてまったく考えてもいなかったです。だから今から考えると、諦めなかったからとしか、言えないですね。

現在は年商68億円規模の会社の創業者である、上田。
ひたむきな継続力と、切り替えの早さで、事態が180度変わっていく劇的な模様をぜひご覧ください。

[再生時間11:26]

(一部抜粋)

上田:実は、偶然クライアント側でネット関連企業を紹介してもらったんですよ。EC専業の。

佐藤:なるほど。ネットECサービスに卸したら、売れていた?

上田:そうですね。バーンと売れていたんですよ。それでびっくりしたんですね。

上田:他の大きいところは営業に行っても商品を置いてくれないし、採用してくれてもいうほど売れないんですよね、なかなか。ネット系の企業はできたばっかりの会社だったんですけど、バーンって伸びたんですね。

上田:当時1回の発注で、5~10万円の売り上げが当たり前だったのに、750万円売れたんですよ、1週間で。ネット通販の出だしで、当時伸び盛りだったんですね。その会社も3年後に上場しましたね。

佐藤:向こうとしてもじゃあ、いい商材ができたぞっていう。

上田:新興企業なので仕入れ先がなかったんですよ。伸びてはいるんだけど、仕入れ先とか商品企画とか仕入れのノウハウがないっていう状態でした。

上田:で、最初やったら爆発的でしたよね。当時最高月収が45万とかだったので、1週間で750万売れて度胆抜かれたんですけど。全力で既存の事業はやめてその会社の卸に100%切り替えました。瞬間で。で、2か月目3000万。そんな売り上げがこの世にあるんだって思いましたね(笑)

佐藤:じゃあもう、前職での経験が100%活きたんですね。

上田:そうですね。時代はカタログとかから流れてたんですよね、リアルに。業界も、ネットって売れるって気づき始めてた時期なんですよ。我々の方がちょっと早かったんですけど、毎月のように増えていった時期でした。

佐藤:初めて紹介されてお会いした時に、この人たちとならいけるんじゃないかなみたいなのがあったんですか?

上田:いける予感はありましたよ。でも、「もしかしたら売れるんじゃないかな」っていうのも無数にあるじゃないですか。創業すると(笑)。で、そんなんばっかり掴みにいって、やっぱりだめだったか、っていうのをそれまで何十何百ってやっているわけじゃないですか。

上田:だから、信じてはいなかったですね、正直。またかもしれないって。ただ掴まなきゃいけないなという想いで…


《対談者プロフィール》

佐藤孝治

株式会社ジョブウェブ 代表取締役会長
1972年東京都生まれ。早稲田大学社会科学部卒。就職活動後、大学4年生の96年10月ジョブウェブを創設。97年7月アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に入社。99年10月ジョブウェブを法人化し代表取締役社長就任。以後、学生の就職支援と企業の採用支援を通じて、 学生と企業の本音コミュニケーションをサポートしている。2013年7月より代表取締役会長に就任。
著書に「廃止論(PHP出版)」「内定の原則(英治出版)」等。
公益財団法人日本ユースリーダー協会 理事
一般社団法人アスバシ教育基金 理事

上田敬太郎

株式会社コスパクリエーション 代表取締役
新卒で大手通販企業に入社。その後、2001年に理想の組織づくりを目指して、 株式会社コスパクリエーションを創業。『通販素材.com』を立ち上げ、ネット通販の供給側に在庫リスクゼロで販売ができる、BtoBtoCの事業モデルを構築した。常日頃から本を読むことが好きで、その幅はとてつもなく広く、ビジネス書だけでなく、哲学、音楽、芸術、歴史に精通しているため、質問に対して返答がないケースは稀。しかし、高校まではピッチャーとして甲子園を目指したり、大学ではボート部に所属していたりと体育会系でもある。